『無垢な目』プロジェクト

私は書画の表装を趣味としています。

表装とは、書画の保存や鑑賞のために裂地(きれじ)や紙などを補って、たとえば掛け軸を作ったり再生することですが、古物商の友人から時折、売り物にならない古い掛け軸をもらうことがあります。

私は最初、ボロボロの古い軸に何が書かれているのか、よくわかりませんでした。

だいたいの漢字は読めるのですが、草書や変体仮名にはお手上げで、まるでパズルのようだと思ったものです。とはいえ、パズルは難しいほど興味をかきたててくれるもの。今は研究者の友人たちに教えてもらいながら、 日本の古い掛け軸と楽しくつきあっています。

古物商の友人がいつもダンボール箱にいっぱい入れてくれる掛け軸の中には、明治の日本の政治家や実業家が古い中国の詩や格言を引用した書もたくさんあります。それを見るたびに彼らの教養の高さに、畏敬の念を深くします。

ところで最近私は、自分の書の見方が一変するような体験をしました。

それは、例の古物商の友人からまたもや譲られた箱いっぱいの掛け軸を、マーシャというアメリカ人画家の友人と一緒に見たときのこと。彼女はこう言ったのです、

「日本語はわからないし、漢字もまったく読めないけれど、どの作品も、筆使いから強いエネルギーを感じる。そして、漢字は様々な形を想像させるわ」と。

これはまた、なんと無垢な見方でしょう!

漢字を見れば常にその意味を読もうとしてきた私は、目から鱗が落ちるような思いでした。

とはいえ彼女のように、漢字をたんなる形として見るのは、なかなか大変です。


それでもマーシャさんの無垢な視点に誘発され、彼女のように漢字を見てみようと思いたち、ここに『無垢な目』プロジェクトを始めることにしました。

私自身は書家ではありませんが、書を愛で、「墨人会」に代表される日本の前衛書道を愛する者です。古典芸術である書道と抽象絵画との接点を求めようする彼らの志は、マーシャさんの発言と一脈通じるものがあると信じます。

 書を文字として読むのはもちろん意義深いことですが、ここではご一緒に、一種の絵として鑑賞してみませんか?

ご参考のために、併設の『仮想表具ギャラリー』で私の表装作品を陳列しました。

ぜひ覗いてみてください。

私たちの『無垢な目』プロジェクトが、皆さまには、書の新たな鑑賞法の一つのご参考になりますよう、心から願います。


ライザ · ダルビ

バークレー · カリフォルニア